植物を育て始めて3年ほど経ちます。
初めのうちは一年草も多年草も宿根草も関係なく、枯れたら捨てて、次のシーズンの花を買っていました。
しかし、せっかく多年草や宿根草を買ったのに、枯れたからといって捨ててしまっては宿根草の意味が無いと気付き、取っておくことにしたのですが、枯れた後だとその植木が何の花だか分からなくなってしまいました。。
水やりを続けるべきなのに乾燥させきってしまったりと、もったいないく、可哀想なことをしてしまったなと思いました。
覚えている花はよいのですが、新しく、初めて育てる花ですと、花が無くなると何が何だか分からない・・・今後は忘れないように、買ったときに付いている名前のラベルを挿しておくことにしました。
その花後の処理も水やりを続けるのか、球根だったら掘り上げるのか、分からないので勉強し、次こそはきちんと管理し花を咲かせてあげたいと思っているところです。
私はそんなベランダの花達を見ながらお祈りをするのが大好きだと証しましたが、先日新しい花達を前に、神様にお祈りを捧げました。

また、自分がそのようになかなか花を上手く管理できないもどかしさや申し訳なさ、それを克服したいこと、そして何より人々の救いのためになれるようにお祈りをしていました。
お祈りをしながら、私達人間も共通する部分があるなと思ったので証したいと思います。
人間は誰しも肉体があるのと同様、霊体を持っています。
私は以前から、人間に備わっている霊魂は、目に見えないけれど何より重要な存在で、まるで植物の根っこのようだと感じていました。植物も、根っこが育つからこそ地上部が育ちますし、根っこがダメージを受けて枯れれば地上部も枯れます。根っこは地上からは見えませんが、植物にとってとても重要な部分です。

御言葉では、人間は生きている間に神様と繋がって霊魂を成長させることで、死後、肉体は滅びても霊魂が永遠に幸せに生きることができると教えてくださいました。
逆に生きている間に神様に繋がらずして生きると、死後霊魂だけになった時に永遠に苦しまなければいけません。
RAPT有料記事930(2025年5月24日)罪を悔い改めなければ、聖霊の導きを受けられず、努力したことも全てが無駄になり、死んだ後も天国には入れない。
宿根草は、地上部が枯れてもまた時期になれば茎や葉が伸びて元気に花を咲かせますね。
本当は、人間は誰しも宿根草のように根っこである霊魂を生かして、体が朽ちた後も永遠に幸せに生きられるのに、御言葉を知らない多くの人が、霊の存在を知らず、神様と繋がることもできずに生きているので霊が成長できず、この世のことしか考えずに、根っこである霊魂を枯らしてしまい、まるで一年草として生きているように感じました。
霊魂は、神様を愛するほど生き返り、成長していきます。すると肉体も元気になり、様々な悟りを与えてくださり、今まで分からなかったことが分かるようになったりと、良い変化を沢山感じるようになるのです。
神様の為に生き、霊魂を成長させると、死後だけでなくこの世の中でも格段に生きやすくなります。
そのように生きると、本当に霊魂が変化するのを感じますし、今までどれ程苦しい生き方をしていたかと人生を振り返って思います。
御言葉人を知らないほとんどの人が、霊を成長させることができず、苦しませて生きている状態なのです。
植物が成長するために根っこに与えるべき栄養は、水や肥料ですが、人間の霊魂にとっての栄養は御言葉であり、神様と愛を為して生きることです。
目には見えなくても、霊界や霊魂は確実に存在しています。
悪魔崇拝者達がなぜあれ程おぞましいことをするのかと言えば、霊界にいる悪魔が要求しているからであり、彼ら自身も悪魔に取り憑かれているからです。
悪魔は神様に反逆した霊物であり、悪魔も神様も確実に存在し、人間にも影響を与えているのです。
初めは分からなくても、お祈りをしたり、御言葉を実践していくことで人間には霊がある事が分かるようになっていきます。
悪魔や悪魔を拝む支配者が隠してきた、目には見えないこの真理を知って神様から祝福を受けられる人が沢山現れることを切に願います。

コメント