
お花を育てるのも、アレンジメントをするのも、神様が私に与えてくださった御心だと思いますので、神様が喜ぶように行えるよう、心がけています。
実際に御心を行うために何か実践したときは、神様の喜ばれる心情を感じ、私はとても嬉しいのでもっと頑張ろうと思えます。
しかし、前回植え付けたとき、自分では頑張ったつもりでしたが、お祈りをしても神様からあまり喜ばれていないように感じました。
「なぜだろう。」とその理由が気になりました。
実際に、その時植え付けた花達は成長が悪く、すぐ枯れてしまうものもいくつかありました。
その時は植え付けなければいけない植物の量が多くて、早く終わらせたいと思い、なんとか一通り植え付けられた。という状態でした。
ですが土の配合に赤玉土を入れるのを怠ってしまったり、植え付けの位置をちゃんと見ずにしてしまったために、根っこが土から少し出てしまったり、自分の不完全さによって生育が悪くなってしまったものや、その植物について理解せず、ただ見た目を綺麗にしたいという思いで植え付けをしてしまった事でそうなってしまった事が分かりました。
神様は天地万物を創造して下さいましたが、そのどれもが美しいだけでなく、機能性も完璧です。
どんなにイルミナティが環境を破壊しても地球は滅びませんし、”温暖化”などと危機が叫ばれていますが、二酸化炭素が例え多く排出されたとしても、今度は植物が沢山育ち、悪化の一途をたどることがないように、均衡が保たれるようになっているようになっています。
地球や人間は神様が創られましたが、知れば知るほどその機能的にも造形美も本当に感嘆してしまいます。
神様も、そんな万物を決して簡単に創られた訳ではなく、どこまでも試行錯誤して創られたことを教えて下さりました。
だからこそ、私達にも神様のために行う仕事は手を抜いてはいけないと仰られます。
今回、自分ではその時頑張っていたつもりになっていても、色んな面で反省すべき点が沢山見つかりました。
その事を踏まえて、今回はその花の特性や植え付けけ位置や剪定の仕方など、もう一度学び直した上で慎重に行っていきました。
すると、今まで分からずにやっていたときには感じられなかった植物の成長を楽しむ奥深さを感じ、植物は観賞するだけでなく、手をかけて育てていくこともこんなに楽しいことだったのかと気付くことができました。
剪定をするときも、この芽を残したいからここで切ろう。と考えたり、ほんのちっちゃな芽が今後の成長に繋がると思うと、とても嬉しくなって♪
神様も、私達に対してそのように思われていらっしゃるのかな。なんて思ったり
御言葉に出会われた人が、神様に喜ぶように成長していくことがどれ程の喜びだと思っていらっしゃるのかな。と思いました。
私達は神様のことを知ることができたからこそ、知識を得ることも、ただの知識で終わるのではなく、全てを神様をより奥深く知る生きた知識になります。
今回のことだけでなく、神様の考えに近づくほど、今まで感じられなかった様々なことを悟ることができ、生きる事の楽しさを感じるのです。
今まで生活をするためだけに、短絡的に生きてきた事がどれ程つまらない生き方だったかと思います。その時はこの生き方しかないと思い込んでいましたが、実際に御言葉に従っていくと、神様が共にして下さり、必要なものを与えてくださったり、行くべき道に導いてくださり、全てにおいて満たしてくださいます。
神様の考えを知ると、人間の考えがどれ程小さく、次元の低い考えかを思い知らされます。
私達は、ただ食べるために生かされているわけではないのです。
神様に繋がらなければ、誰一人幸せに生きることはできません。
一見、神様を信じていなくても幸せそうに見える人は沢山います。ですが、神様が共にする人が受けている祝福とは全く違います。
○12弟子の証 ライフ | RAPT理論+α
神様は、私達人間にどれ程本物の幸せを享受してほしいと思ってらっしゃるか、多くの人に知って欲しいと願います。
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